低酸素環境・高地における運動|高所馴化・高地トレーニングと高地脳浮腫・肺水腫などの高山病
どうも、こんにちは。
若手整形外科医のよせやんです。
よせやん
12月にまた日本体育協会公認スポーツドクターの養成講習会に行く予定ですが、その日程と被って足関節鏡のcadaverがあり、そっちにも非常に行きたくてどうしようか迷っています。
講習会に行かないと体協スポーツドクターの資格をとるのが1年遅れてしまいますが、cadaverもそうそういけるものじゃないし上司の先生も勧めてくれるのでどうしようかなぁと。
おそらく講習会に行く方を選ぶと思いますが、もう少し考えてみます。
さて、今日は低酸素環境・高地における運動についてまとめます。
具体的には、高地において起こる急性期の生理学的反応、高所馴化とは何か、高地における運動・競技能力、低酸素環境が引き起こす病気とその予防・治療法、高地トレーニングなど低酸素環境・高地における運動についてあらゆる側面から解説していこうと思います。
通常と異なる環境で運動を行う場合、人体は複数のストレス暴露され、恒常性を維持するために複雑な生理学的機序が働きます。
この記事で、低酸素・高地という環境ストレスの性質と、それによって起こりうる生理学的機序を運動と絡めて理解しておきましょう。
よせやん
Contents
高地における急性期の生理学的反応
では、まず高所における急性期の生理学的反応としてどのようなことが起こるかについてです。
標高が高くなり大気中の酸素分圧が低下すると、肺胞・血液・組織間における分圧較差が酸素の拡散障害が生じて、組織は低酸素状態に陥ってしまいます。
大気圧下では、炭酸ガスが換気の刺激因子ですが、動脈血酸素分圧が60mmHg以下では低酸素も重要な換気刺激となります。
そのため過換気となり、動脈血酸素分圧は維持しようとします。数日から数週間で血漿量は減少していきます。
組織では酸素の分圧勾配が減少して拡散能が低下するため、心拍出量が増加してこれを代償しますが、血漿量が減少するため心拍数の増加によってこれを維持することになります。
中枢神経系は低酸素に対して脆弱であり、高所では認知機能などが低下します。
また、3,000m以下の標高でもほとんどの登山者が1〜3週間の行程のうちに体重減少を経験すると言われています。
以上、高所における生理学的反応をまとめると
- 過換気
- 血漿量減少
- 心拍数増加
- 認知機能低下
- 体重減少
など
高所馴化
続いて、高所馴化についてです。
では、どのような適応機序が起こるのでしょうか。
高所へ移動すると速やかにエリスロポエチンの分泌が亢進し、赤血球の産生を増加させます。
しかし、循環赤血球量の増加には数週間を要し、定常状態に達するまでには数ヶ月かかります。
血漿量の減少とあいまって、赤血球数、ヘマトクリット、ヘモグロビン濃度は増加し、単位血液量あたりの酸素運搬能の向上に寄与します。
高所で生活する人のヘモグロビン濃度は高く、また居住標高が高くなるほどその傾向が強くなることが知られています。
急性暴露で減少した血漿量は、数週間かけて回復していきます。
一方、筋繊維の断面積が減少して毛細血管密度が相対的に増加するため、血液・ミトコンドリア間の酸素拡散距離が短くなり、骨格筋のミオグロビン濃度も増加して、酸素の拡散を促進するようになります。
高地における運動・競技能力
では、高所において運動・競技能力はどのように変化するのか考えてみましょう。
標高に比例して、最大酸素摂取量は低下します。(Kenney WL, et al. Human Kinetics. 2011)
したがって、持久系の運動ではある程度標高が高くなると競技能力が低下します。
その一方で、標高とともに空気抵抗が減少します。
標高がそれほど高くない場合、空気抵抗の減少は最大酸素摂取量の減少より大きくなるため、有酸素運動時に到達可能な予測最大速度が低地よりも大きくなることがあります。
空気抵抗に逆らうために利用されるパワーの割合が大きい自転車競技では競技能力が顕著に向上します。
この空気抵抗の減少による競技力の向上効果は、跳躍や投てき、スプリント種目など、高所における最大酸素摂取量の減少が競技力にほとんど影響しない種目においてもみられます。
以上、まとめると
- 低下する競技
持久系の競技
- 向上する競技
自転車競技・跳躍・投てき・スプリント種目
低酸素環境が引き起こす病気
次に、高地などの低酸素環境が引き起こす病気についてお話しします。
急性高山病
急性高山病は、急速に高所へ移動することにより数時間で頭痛、悪心、嘔吐、不眠、疲労などの症状が出現する病気です。いずれも自制内の症状であり、2、3日かけて悪化し、5日後までには消退します。
2,000m以下の標高で発症することは比較的まれであるとされています。
急性高山病は徐々に標高を上げることで予防可能であり、発症した場合は下山または標高を維持して休息することで症状は寛解します。
アセタゾラミドは呼吸中枢を刺激し、過換気によって酸素化を促進し、また利尿作用によって浮腫を軽減させるため、予防・治療に有効であるという報告が多くあります。
デキサメタゾンも同様に有効であるとされています。
しかし、薬物による症状管理は無理のある急速登山を継続させる危険があり、そのことが結果的に重症な病態を引き起こす可能性を考慮して使用しなければいけないことは知っておきましょう。
よせやん
高地脳浮腫
高地脳浮腫は、急性高山病の末期症状と考えられており、急性高山病の症状に続いて幻覚、運動失調、意識障害などの症状をきたします。
その後、昏睡状態あるいは脳ヘルニアにより死亡する危険性があります。
脳血流の増加、血液脳関門透過性の変化、脳浮腫が起こり、それにより脳腫脹や頭蓋内圧冗進が起こるのではないかと考えられています。
高山病より高い標高で発症するため頻度は多くありません。
治療は酸素吸入を行いながら直ちに下山することです。
デキサメタゾンがあればこれも投与します。
直ちに下山することができない場合は、可搬型の高気圧バッグの使用しましょう。
高地肺水腫
高地肺水腫は、通常2,500mを超えた高所に到着後2〜4日以内に起こる病気であり、呼吸困難、咳嗽、チアノーゼなどが出現します。急性高山病とは関係のない病態であると考えられており、原因は不明ですが、低酸素による不均一な肺血管の収縮と肺高血圧が病態に関与すると考えられています。
治療は、こちらも酸素吸入を行いながら直ちに下山することです。
酸素吸入と下山が不可能な場合は、同じく可搬型の高気圧バッグの使用しましょう。
補助剤としてニフェジピン除放剤を10mg服用後、20~30mgを12 ~24時間毎に服用すると有効であるとされています。
また、5型ホスホジエステラーぜ阻害薬やβ2アドレナリン受容体刺激薬のサルメテロールの吸入などが高地肺水腫の予防に有効であるという報告があります。
2010年発行のWilderness Medical Societyの勧告では、これらの薬物の使用について、エビデンスが不足してはいるものの、有効性がリスクを上回ると考えられる水準であるとされています。(Luks AM, et al. Wilderness Environ Med. 2010)
高地トレーニング
最後に、スポーツ医学のブログらしく高地トレーニングについてお話ししておきましょう。
かつての高地トレーニングは、高所馴化によって高地での競技能力低下を最小限にする目的で行われてきました。
最大酸素摂取量が低下する高所では、同じ運動でも相対的強度が低地より高くなることから、比較的低い強度で高い心肺ストレスを実現させる目的や、ヘモグロビン濃度の増加による持久力向上などが期待されていたのです。
しかし、高所に長期滞在して行う単純な高地トレーニングが、その標高での競技能力を向上させることに疑いはないものの、低地における競技能力まで向上させるかについては明らかにされておらず、否定的な報告もあります。
実際問題として、高所では脱水、体重減少などの変化をきたしやすく、運動の相対強度が高くなるため、低地の競技で要求される水準の高い強度でのトレーニングを実現することは難しいでしょう。
また、ヘモグロビン濃度も低地に戻れば速やかに元の水準に戻ってしまうのでしたね。
近年では、高地での競技能力低下を最小限にすることを目的にするのではなく、このような短所を克服し、組織への酸素供給能力を向上させて、競技能力を向上させるために高地トレーニングを行うようになってきています。
よせやん
この狙いを効率よく実現するために、1気圧下の低酸素室を利用したトレーニングや高所で生活しトレーニングは低地で行うlive high, train lowと呼ばれる方法が行われており、競技力向上に有効であると報告されています。
しかし、高地トレーニングに対する反応の個人差や、効果を最大にするための理想的な日数・標高などに関してはまだ明らかにはなっておらず、これからの解明が期待されます。
おわりに
以上、今回は低酸素環境・高地における運動についてまとめました。
低酸素環境・高地における運動への影響を理解して頂けたでしょうか。
サッカーの南アフリカW杯のときに、日本代表も高地対策を行なっています。
下の記事で、このときに行われた実際の対策を紹介しながらスポーツにおける高地対策に関してお話ししていますので参考にしてみてください。
よせやん
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